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「大学を辞めたい」は、逃げなのか、挑戦なのか。

昨日の夜、大学に通う子どもから急に「大学を辞めたい」と言われました。 前触れはありませんでした。 理由も、これから何をしたいのかも、まだちゃんとは教えてもらっていません。ただ驚いて、作業するにも頭に残り続けて、眠れたのは夜中の3時半ごろでし

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昨日の夜、大学に通う子どもから急に「大学を辞めたい」と言われました。

前触れはありませんでした。

理由も、これから何をしたいのかも、まだちゃんとは教えてもらっていません。ただ驚いて、作業するにも頭に残り続けて、眠れたのは夜中の3時半ごろでした。

まだ答えは出ていません。

すごいなと思う気持ちもあるし、不安もあるし、親としてここは線を引かないとな、という感覚もある。

今日は、そのあたりをそのまま書いておきます。

自分から動こうとしているのはすごいこと

ぼくは大学のとき、法曹を目指して法学部に入りました。

でも入ってみると、本当に法律をやりたかったのかって言われたら、そこまで強い動機はなかった気がするんですよね。

昔のぼくだったら、たぶん「大学を辞めたい」なんて言えませんでした。

親の顔色をうかがって、申し訳ないなって思って、結局なんとなく4年通って、なんとなく就職活動して、なんとなく会社員になってた気がします。
(結果的にそうなりました)

だから、自分から「これをやりたいから、そっちに時間を使いたい」って言える子どもは、それだけですごいなって思うんです。

見る人によっては「4年も続けられずに投げ出すのか」と感じるかもしれません。でも、学生のうちに自分から動きたいと思えるものを見つけられるのは、けっこう貴重なことです。

そこは、ちゃんと認めたいと思っています。

でも、不安はあります

とはいえ、手放しで応援できるかというと、まだ無理なんですよね。

ひとつは、何をやりたいのかをまだ言ってこないこと。中身が見えないと、親としては判断できません。

本人にとっては大事なことなのかもしれない。でも、何も見えない状態で「辞めたい」とだけ言われても、応援のしようがないんです。

もうひとつは、今まで何かを最後までやり切った経験が、そこまで多くないように見えること。今回も途中で投げ出さないかな?っていう不安は、応援したい気持ちと同じくらいあります。

「辞めること」と「生活すること」は別です

「大学を辞めること」と「その先、自分で生活していくこと」。

親として、はっきり線を引きたいところ。
この2つは別の話です。

子どもはもう成人なので、自分で選ぶなら、その選択には自分で責任を持ってほしいし、経済的な援助も、ぼくはするつもりはありません。

別に冷たくしたいわけじゃないんですが、ここをあいまいにすると、本人のためにもならないと思っていて。

「親がなんとかしてくれる」っていう前提で大きな選択をするのは、やっぱり危ない。辞めるなら、自分の生活のコストも引き受ける。

ここはちゃんと伝えるつもりです。

10分だけ、プレゼンしてもらいます

ということで、子どもには「10分でいいからプレゼンしてほしい」と伝えました。

聞きたいのは、5つです。

・何をやるのか
・なぜ大学を辞める必要があるのか
・半年後にどうなっていたいのか
・収入をどう作るのか
・3月以降はどう暮らすのか

これは、責めたいわけじゃありません。判断材料がほしいだけです。

本気なら、自分の言葉で話せるはずなんですよね。逆に、ここが話せないなら、まだ退学を決める段階じゃないのかもしれない。

その場合は、退学じゃなくて休学でもいいと思っています。

いきなり全部を切る必要はなくて、戻れる余地を残しながら半年だけ本気で試す。そのほうが現実的だなって思うんです。

応援はしたい。でも、条件はある

子どもが本気なら、応援したい。これは本音です。ただ、全部を肩代わりするつもりはありません。

家に一定期間いるなら、条件はあります。

たとえば、

  • 毎月お金を入れること
  • 家事をすること
  • 月1回、進み具合を話すこと

これくらいは必要だと思っています。

家にいる以上、ただの子どもじゃなくて、一緒に暮らす生活者です。
応援することと、依存を受け入れることは違う。

ここを混ぜると、親子でしんどくなります。だからこそ、条件はちゃんと言葉にして渡すつもりです。

最後に聞きたいこと

プレゼンを聞いたあと、最後に聞こうと思っている質問があります。

「それは、大学を辞めないとできないことですか?」

やりたいことの多くって、今の場所にいたままでも始められる気がするんですよね。大学に通いながらできることもあるし、休学して試せることもある。

それでも退学が必要だと言うなら、理由を本人の言葉で聞くつもりです。

子どもの人生は、最後は自分が決めることです。ぼくにできるのは、感情で止めることでも突き放すことでもなくて、ちゃんと話せる場を作ること。

まだ気持ちは揺れてますが、今は10分だけプレゼンしてもらう。そこから始めようと思っています。

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