記事一覧へ

Substackで、もう一度ブロガーになれる?

イケハヤさんの記事を読んで、ふと立ち止まりました。 「ブロガーの時代がもう一度来る」 出典:イケハヤさん記事 同時に、こうも思いました。 「そもそも、ぼくはブロガーだったのだろうか。笑」 ぼくはブログを始めたことがありますが、数記事書いて挫

文字サイズ
見出し画像

イケハヤさんの記事を読んで、ふと立ち止まりました。

「ブロガーの時代がもう一度来る」

出典:イケハヤさん記事

同時に、こうも思いました。

「そもそも、ぼくはブロガーだったのだろうか。笑」

ぼくはブログを始めたことがありますが、数記事書いて挫折しました。
「ブロガー」と名乗れるほど、書いていません。

それでも、「ブロガーの時代が来る」と聞いて、わくわくしたんです。

この記事は、挫折経験のあるぼくが、Substackでもう一度ブロガーになれるかどうかを、自分に問いかけながら書きました。

同じように「ブログ、ちょっとだけ書いて諦めた」経験のある方なら、何か感じてもらえるかもしれません。


「ブロガーだった」と言える基準って、何だろう

最初に、いちばん引っかかっていることを書きます。

数記事書いて、それで挫折した過去

ぼくは、ブログを書こうとしたことがあります。WordPressでブログ開設して、テーマを決めて、書き始めました。

書いた記事は、数記事。

20記事に届いていません。たぶん、十数記事くらい。
それで、止まりましたね。

理由はいろいろあります。

  • 続ける気力が湧かなくなった
  • 書きたいことが見つからなくなった
  • 書いても誰にも読まれなかった

全部が少しずつ重なって、自然と離れていきました。

それから何年も経って、いまのぼくはこうしてSubstackを使っています。

「ブロガーです」と名乗れた人を見て、まぶしかったあの頃

2010年代後半のインターネットには、「ブロガー」と堂々と名乗っている人たちがいました。

毎日記事を書いて、何万人もの読者がいて、ブログで生計を立てていて、勉強会を開いて、本を出して。「ブロガー」というだけで、ひとつの肩書きになっていた時代です。

その人たちを、ぼくは外から眺めていました。自分も同じ場所に立てたらいいよなぁと思うだけで、何もせず当然そこには届きませんでした。

「ブロガー」には、ぼくにとって、届かなかった何かが詰まっています。

そもそも、何をもってブロガーと言えるのか

数記事しか書いていないぼくは、ブロガーだったのか?

100記事書いた人がブロガー?1,000記事書いた人がブロガー?毎日書いてる人がブロガー?お金を稼いでいる人がブロガー?

たぶん、明確な定義はないんです。「自分はブロガーです」と言えば、その瞬間からブロガーなのかもしれない。

でも、数記事で挫折したぼくは、自分のことをブロガーだったと言えない気がしています。

ぼくはきっと、ブロガーになりたかった人

整理すると、ぼくは「ブロガーだった人」ではなく「ブロガーになりたかった人」なんだと思います。

憧れだけはあった。やってみたいと思った。でも続けられなかった。
途中で離脱した人。

そんなぼくが、Substackで書き続けているのは、「ブロガーになりたかった夢」の続きを書いていることなのかもしれません。


イケハヤさんの記事を読んで

そんなことを考えるきっかけになったのは、ぼくの分岐点にいつもいる、イケハヤさんの記事です。

「ブロガーの時代がもう一度来る」という観察

こう書いていました。

AIがいくらでも文章を書ける時代だからこそ、「AIを使わずに面白くて読ませる長文が書ける人」が、楽器を上手に弾く人と同じ位置にくる。「ブロガー」は、希少で、かっこよくて、憧れる、そんな存在になっていく予感がします。

出典:イケハヤさんコラム

「ブロガーがもう一度かっこいい存在になる」

AI時代になって、文章は誰でも作れるようになった。「だから書き手の価値はなくなる」と思っていた。でも、逆かもしれません。

AIが当たり前になるほど、人がちゃんと書いた文章の希少性が上がる。人格が乗った長文を書ける人が、もう一度光を浴びる時代が来るかもしれない。

AIには書けないですからね。

雑記ブログ文化への懐かしさ

2010年代前半、個人ブロガーが1人で雑記ブログを運営する文化がありました。

・テクノロジーの話
・本のレビュー
・田舎暮らしのエッセイ
・ご飯の話
・仏教の話
・音楽の話

1人で「個人雑誌」を作っているような発信です。

ぼくは、その文化を外から見ていた世代です。
憧れていたけど、入れなかった世代。

その雑記ブログ文化が、Substackでもう一度成立するかもしれないという考察にワクワクしました。

1人で全部書く、個人メディア的な発信のかっこよさ

「1人で何でも書く」というスタイルには、独特のかっこよさがあります。

・その人のフィルターを通して、世界が見える
・多様なテーマが、1人の人格の中で繋がっている
・数記事読むと、その人の輪郭が浮かび上がる
・ファンになると、何を書いていても読みたくなる

これは、特定テーマだけを発信する人にはない魅力です。

「ブロガー的な発信者」は、人格そのものがコンテンツになっている。
これが、雑記ブログの本質的な強さです。


なぜブロガーに憧れて、なぜ挫折したのか

少し過去を振り返ってみます。

2010年代のブログ文化を、外から眺めていた立場

2010年代前半〜中盤、ぼくはブログ文化を外から眺めていた立場でした。

毎日記事を書いている人たちがいる。月100万PV、年収数千万円という人もいる。個人がメディアを持って、影響力を発揮する世界があったんです。

会社員として働きながら、その世界を眺めて、「自分もいつかは」と思っていました。でも…

憧れだけはあった、でも続けられなかった

そして、ぼくもWordPressでブログを立ち上げ、数記事書きました。
でも、続きませんでした。

書いても誰にも読まれない。書くこと自体に時間がかかる。会社員の仕事と並行するのが難しい。「自分には才能がないのかもしれない」と思った。

そして、いつの間にか、書かなくなりました。

挫折の理由を、いま振り返ってみる

振り返ると、挫折の理由はいくつかあります。

1. 続ける仕組みを作れなかった
自分でドメインを取り、サーバーを管理し、SEOを意識し、デザインをいじり、運営も自分でやる。書く以外のタスクが多すぎて、続かなかった。

2. 読者との接点がなかった
書いても、誰が読んでいるのかわからない。コメントもつかない。書いている意味を見失った。

3. 「テーマを絞れ」「SEOを意識しろ」が苦しかった
当時のブログ運営では、「特化ブログ」が主流に。
「雑記より特化」「SEOキーワードを狙え」と言われ続けて、自分が書きたいものとズレていく感覚があった。

「テーマを絞れ」「SEOを意識しろ」が苦しかった

ぼくは、いろんなことに興味がある人間です。

テクノロジーも、コミュニティも、育児も、コツコツ続ける哲学も、在宅ワークも、すべて自分の中にある。どれか1つに絞るのが、しんどかった。

「書きたいことを書く」ではなく「書かなきゃいけないものを書く」という感覚が、ブログを離れさせた、いちばんの理由だった気がします。


Substackには、ブログ文化が戻ってきている気がする

そんなぼくが、Substackで毎日記事を更新できているのはなぜか。
少しずつ、その理由がわかってきている気がします。

アルゴリズムに最適化しなくていい場所

Substackには、アルゴリズムによる選別がほぼありません。

書いた記事は、

  • フォロワーのメール受信箱に直接届く
  • 誰かに選別されない
  • 「SEOで上位を取らないと読まれない」プレッシャーから解放される

書きたいことを、書きたいように書ける。
この当たり前が、いま貴重になっているんです。

メールでちゃんと届く、フォロワーに

これは何度も書いてきたことですが、Substackの開封率は平均44%。100人読者がいれば、約44人が確実に読みます。

ブログ時代、ぼくは「誰に届いているかわからない」状態で書いていました。Substackでは、書いた瞬間に、確実に届く人がいる。

この「届く実感」が、書き続ける力になります。

長文が読まれる、しかも読者がじっくり読んでくれる

Substackの読者の平均滞在時間は4分。

これは、他のオンライン記事より長い数字です。つまり、長文でもじっくり読まれる。手短にまとめなくていい。書きたいだけ書ける。

ブログ時代、「読者は3秒で離脱する」と言われ続けていました。短く、結論先出しで、SEOキーワードを散りばめて。そんなテクニックに疲れていた人ほど、Substackの読者の存在は救いになります。

広告に追われない、書きたいことを書ける

Substackには広告がないのは、書き手にとって大きな違いです。

広告モデルのブログでは、「PVが取れるテーマ」「広告主に好まれるテーマ」を意識する必要がありました。書きたいことより、稼げることを優先する瞬間が、何度あったことか…。

Substackは、読者からの直接の対価で成り立っています。書きたいことを書いて、それに価値を感じた人が払う。

シンプルで、健全な構造です。


ブログとSubstackは少しだけ違う気がする

Substackはブログ向き…と言い切れそうですが、ちょっとだけ、違う気もしています。

ブログは「個人メディア」、Substackは「+読者リスト」

ブログとSubstackの最大の違いは、「読者リスト」を持てるかどうか。

・ブログ:訪問者は来ては去る、誰だかわからない
・Substack:購読者のメールアドレスが、自分の資産になる

ブログは、メディアを開いて、誰かが来るのを待つ場所。Substackは、メディアを書いて、購読者に届ける場所。

プッシュとプルの違いは、書き手にとってかなり大きいです。

Substackには「コミュニティ」がある

もう1つ、ブログにはなくてSubstackにあるもの。それが「コミュニティ機能」です。

・コメント(ブログにもある)
・Chat(Substack独自:書き手と購読者だけのグループチャット)
・Notes(短文投稿で書き手同士・読者と交流)
・DM(個別メッセージ)

ブログは基本的に「書き手→読者」の一方向。
Substackは「書き手⇄読者⇄読者同士」の多方向。

これが、書き続けるモチベーションを支えてくれる構造です。

読者と直接対話できる場所

Substackで書いていて、何より違うのは「誰が読んでくれているか」が見えること。

コメントをくれる人。Chatで雑談してくれる人。Notesで引用してくれる人。書き手と読者の関係が、人として見えるんです。

ブログ時代、ぼくが感じた「誰が読んでいるのかわからない」という孤独は、Substackでは生まれにくい。書く力を支えてくれる、見えない手が見えます。

昔のブログにはなかった機能

つまり、Substackは「ブログの進化版」であると同時に、「ブログとは別物」でもあります。

ブログの良さ(長文・書きたいことを書ける・個人メディア性)を引き継ぎながら、ブログにはなかったコミュニティ機能と読者リストが加わった。

これが、Substackの本質的な強さです。


コミュニティ運営者として見たとき、Substackは特別な場所だと思う

ここで、ぼくの仕事の話をさせてください。

ぼくはコミュニティ運営の仕事をしている

ぼくは、複数のオンラインコミュニティの運営に関わっています。自分で立ち上げたコミュニティのオーナーをしたり、複数のコミュニティでマネージャーをしたり。

コミュニティ運営は、人と人との関係を、場として育てる仕事です。日々、メンバー同士の対話を観察して、安心して発信できる空気を作って、長く続く関係を支える。

その仕事の中で見えてきた、「いるコミュニティ」と「続かないコミュニティ」の差があります。

コミュニティで大事なのは「いる感」と「届く感」

長く続くコミュニティに共通するのは、2つの感覚です。

1. いる感
「ここに自分の居場所がある」
「自分を知ってくれている人がいる」
と感じられる空気。

2. 届く感
「自分の発信が、ちゃんと誰かに届いている」
「無視されていない」
と感じられる手応え。

この2つが揃うと、人は続けます。揃わないと、離れていきます。

Substackには、その両方が組み込まれている

そして、ぼくが感じているのは、Substackには「いる感」と「届く感」が両方あるということです。

いる感
Chat、コメント、購読者同士の交流。書き手と読者が「人として」見える。

届く感
メール開封率44%、滞在時間4分。書いたものが確実に届く。

これは、ブログにはなかった構造です。ブログには「届く感」も「いる感」も、機能として組み込まれていなかった。書き手は自力で読者との関係を作るしかなかった。

Substackは、コミュニティ機能が最初から組み込まれているブログみたいなものです。

ブロガーが、自然にコミュニティを持てる時代

Substackで起きている革命だと思っています。

書き手は、もう孤独に書く必要がない。読者は、もうメディアの向こうにいる遠い存在じゃない。書き手と読者が、自然にコミュニティとしてつながる場所。

「ブロガーの時代がもう一度来る」という考察に、ぼくはこう付け加えるならこんな感じかなと。

「ブロガーが、自然にコミュニティを持てる時代が来る」

これが、ブログ時代との決定的な違いです。


雑記を書きたくない?

ここまで書いてきて、自分の本音に気づきました。

いまはSubstackの話ばかり書いている

最近のぼくは、Substackに関する記事ばかり書いています。それは、いまSubstackについて知りたい人が多いから、自分も学んだことを共有したいから、書く価値がある領域だから。

でも、それだけが書きたいことではないんです。

でも、書きたいことは山ほどある

ぼくの中には、書きたいテーマが山ほどあります。

・コミュニティ運営で見えてきた、人と人の関係性の話
・3児の父として育児しながら働くリアル
・コツコツ続けることの意味、その本当の価値
・在宅ワークを始めて変わった生活
・元SEだった頃に学んだ、システム思考の応用
・会社員時代に感じていた、消耗の正体
・家族との時間を優先することの選び方

など。これは一部ですが、全部ぼくの中にあります。
書きたいテーマが、ずっと山積みになっています。

育児のこと、コミュニティのこと、コツコツ続けることの意味

特に、コツコツ続けることの意味は、ずっと書きたいテーマです。

派手な成功談ではなく、地道に続けることで起きる、小さな変化を、ちゃんと言葉にしたい。読者と一緒に、「続けるってどういうことか」を考え続けたい。

これは、いまのSubstackでこそ、書ける気がします。

在宅ワークのリアル、SE時代の話、家族との時間のこと

Substackの話を読んでくれている人だけでなく、コミュニティで悩んでいる人、育児と仕事の両立に苦労している人、コツコツ何かを続けたい人

いろんな人に、何かが届くかもしれませんよね。

全部、ぼくの中にある

ぼくは、ひとつのテーマだけの発信者ではない。いろんなことが、ぼくの中でつながっています。それを、ちゃんと外に出していきたい。

これは、たぶん雑記ブログ的な発信です。Substackなら、それができるかもしれない。


まとめ|挫折を抱えたまま、もう一度書き始める

「Substackで、もう一度ブロガーになれるだろうか」を整理します。

過去にブログで挫折した経験は、消えません。あの時に書けなかった記憶も、続けられなかった悔しさも、ぼくの中にある。

それを抱えたまま、もう一度書き始めるのもいいんじゃないかなと、いま思っています。

書きたいことを、書きたいように。Substackは、それを許してくれる場所にいまなっています。

あなたも、もし過去にブログで挫折した経験があるなら、もう一度書き始めてみませんか?

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

substack?触ったことないし、よく分からない…という方はこちらのBrain教材がめっちゃおすすめです。

【942部突破】Substackの教科書 〜note・Xの次に、自分のメディアと読者リストを育てる完全ガイド〜 | ウミノ🤖AI×マーケティングのプロ | Brain

まだ何もわかってない状態でも、ゼロから始められます。
ビジネス書1冊買うよりも、お得なので、ぜひお買い求めくださいね。

関連記事

Substackで何を書けばいいかわからない人へ|書くテーマを見つけて、ネタに困らず続ける5つの方法

全人類、音声入力を使ったほうがいいです

Substackでジャンルが違うパブリケーション、複数作るべき?読者からの質問に答えてみた

記事が流れてしまいがちなので、メールで読みたい方はSubstackに登録してくださいね。

のり|コミュニティ時代を生き抜くニュースレター を登録する


<コミュニティでの活動や運営に興味がある人向け>

コミュニティに興味がある方はこちら

音声で聴きたい方はこちら

<関連記事>

サブスタまとめ|のり|note